顕微鏡写真: 猫の赤血球自己凝集

先日のブログで赤血球連銭形成についてお話しした際、似たような血液塗抹上の変化で赤血球自己凝集があるとお伝えしていました。赤血球連銭形成の場合は赤血球一つ一つコインのように見立てた場合、それが数珠つなぎで一列に並んだように見えるのが特徴です。

ネコ末梢血-赤血球連銭形成、対物レンズ100倍、Diff-Quik染色

これは赤血球膜表面のマイナスの帯電が高グロブリン血症により弱まることで、赤血球同士の距離が近づいてくっつく現象でした。そのくっつく力は決して強くなく、生理食塩水などでグロブリンを洗い流してしまえば赤血球は再び距離を取って解離します。

一方、赤血球自己凝集の場合、赤血球同士が一列ではなくおしくらまんじゅうしているような形というか、昭和な方はご存じと思われる五円玉で出来た亀みたいに立体的に寄せ集まったような形で集まっています。微動ねじで観察深度を微調整して赤血球自己凝集の立体感を表現しましたがお分かり頂けるでしょうか。

ネコ末梢血-赤血球自己凝集、対物レンズ100倍、Diff-Quik染色(手前の赤血球凝集塊側にピント)
ネコ末梢血-赤血球連銭形成、対物レンズ100倍、Diff-Quik染色(奥の白血球側にピント)

これは赤血球表面に結合したIgM型の免疫グロブリンにより赤血球同士がくっつけられており、結合が強固であることから生理食塩水で洗った程度では解離しません。ひとつ前の記事のIgGとクームス血清のお話と似ていますが、IgMは完全抗体なのでクームス血清が無くとも赤血球凝集を引き起こします。この赤血球自己凝集が認められると、獣医療では免疫介在性溶血性貧血が最も疑われることとなりますので、非常に重要な所見となります。

ただし、医療の方では、赤血球自己凝集を調べていると寒冷凝集素が必ずと言って良いほど出てきます。寒冷凝集素とは、読んで字のごとく寒冷条件下で赤血球凝集を起こすことです。免疫グロブリンには反応に適した温度帯というものが存在しており、この寒冷凝集素は4℃など寒い状態で反応を強く示しますが、生体内ではそこまで冷え切った場所は存在しづらいため、検体を30℃以上に温めると抗体が解離して赤血球凝集しない場合は臨床的意義が乏しいこともあるようです。

上記の症例も常温(22℃くらい)の生理食塩水を用いて赤血球洗浄しようとすると強烈に赤血球凝集が起こって、まるで血餅でもできたかのような様相を呈していました。私は血液塗抹を採血直後に作成しているので、まだ30℃以上はあっただろうと思うので、この観察された赤血球自己凝集は生体内でも反応を引き起こす臨床的意義のあるIgM抗体とみています。でも採血して1時間ほど経過して血液が常温まで冷めて?から、血液塗抹を作る忙しい動物病院も多いので、アーティファクトで赤血球自己凝集が認められているケースもありそうな気がします。

人手不足な獣医療でそこまで細かいことを気にしていたら中々に仕事が回らないのかもしれませんが、血液オタクな私としては色々気になってしまいますねぇ。コロナ禍のときに活躍していた非接触式の電子温度計、飲食店でおでことか手首で測られていたやつですね。家でたまーにしか使っていないから今度持ってきてみようかなぁ。血液を冷蔵庫で冷やしてピッ、温度を確認して血液塗抹をシュッと作成、血液を今度は湯煎してピッ、血液塗抹をシュッ、じゃぁ今度は常温まで冷ましてピッ、血液塗抹をシュッ。診療が終わったあと、夜な夜なこんなことを行っていたらスタッフに通報されかねないのでこっそりやろうと思います(笑