英論文紹介: 輸血適応疾患の検討-犬のセルトリ細胞腫

先月も輸血適応に関する英論文紹介だったことをすっかり忘れていましたが、今月も輸血適応について考える英論文のご紹介です。私が紹介している日本獣医輸血研究会のホームページもあわせてご参照下さい。ちなみに、きたる2024/05/26の日曜日は日本獣医輸血研究会の第十回学術講習会が開催される予定です。輸血に関心のある獣医師、愛玩動物看護師の皆様はふるってご参加下さいませ。私の講演はありませんが、きっと朝から看板持って道案内したり裏方として参加予定です。

さて、当論文の筆者たちは過去の症例データをかき集めて、セルトリ細胞腫による骨髄抑制を呈した症例の治療成績を述べています。ところで、セルトリ細胞腫と言うのは精巣に出来る腫瘍のうちの一種であり、紛らわしいのですが女性ホルモンであるエストロゲンを分泌することのある厄介な腫瘍です。このエストロゲンが大量に分泌されると、雄なのに雌性化して乳頭が発達したり、あとは今回の文献で言われているように骨髄抑制から重度な血球減少症を引き起こすことがあります。

そもそも精巣腫瘍は潜在精巣の症例に多く認められ、特に腹腔内潜在精巣の場合は外貌上、腫瘤の存在に気付けないため、病状がかなり進行してから発見されることが少なくありません。セルトリ細胞腫による血球減少はいわゆる続発性の再生不良性貧血であり、他のどの血液疾患とも引けを取らないほど重篤な血球減少を経験しますので、今回の論文の症例データには非常に興味がありました。

オハイオ州立大学のメンバーが中心になって報告していた論文なのですが、ちょうど10年間の期間を設定して抽出されてきた症例数が7例。ん、、意外と少ない。北米からの報告は5-10倍と日本と比較して圧倒的に症例数が多いことをいつも実感させられるのですが、7例は少ないような。私個人でも、それくらいは経験しているような気が。

さておき、初診時の血球数を個人的に計算してみましたが、Hctは中央値29%(範囲8.8-49.3%)、血小板数は中央値8,000/µL(範囲3,000-22,000/µL)、白血球数は中央値1,400/µL(範囲600-8,310/µL)でした。血小板数と白血球数は深刻な骨髄抑制を示唆するレベルですが、意外とHctが維持されている様子です。よって、7例中2例は周術期に輸血を行うことなく経過を観察できたようです。早期発見出来ていて素晴らしい。今まで私が経験してきた症例はHctが10%台で輸血が必須のことが多かったり、そもそも全身状態が悪すぎて手術に至れない悔しい思いをすることもあったので、少し様相が異なる印象です。

それは置いておいて、最終的に7例中4例が長期生存を確認し、1例が経過観察中に消息不明、2例が残念ながら安楽死あるいは死亡という結果を報告されていましたが、犬のセルトリ細胞腫による骨髄抑制と戦う上では大変有益な情報をもたらしてくれたと思います。深刻な病気だし輸血は概ね必要だけれども、輸血や手術を頑張る価値が充分あると言える結果でしょう。

今回の論文を読んでいて思ったのは、日本と比較して北米は去勢手術の実施率が圧倒的に高いのかなという点でした。調べてみるとカリフォルニア州は基本的に4ヶ月以上の犬は避妊/去勢手術が必須と法律で定められているようですね。驚きです。そこまで法律で定められてしまうのはどうかなと私は思いますが、せめて潜在精巣の症例は去勢手術を必須としたいところです。そうすれば精巣腫瘍で悲しい思いをすることも減るはずで、この論文で紹介されているように輸血が必要とか命を賭けた戦いとかそう言う議論もなくなるはずですからね。ノーモア精巣腫瘍。映画泥棒は映倫さんが、私は潜在精巣を明日からも血眼になって探していきたいと思います。