英論文紹介: 猫の血液と微小凝集塊除去フィルター
顕微鏡写真の記事で「μm(マイクロメートル)」という単位が頻出していますが、この単位って一般的に馴染みのあるものなのでしょうか?μ(マイクロ)というのは10の-6乗のことを指しており、ちなみにm(ミリ)は10の-3乗のことを指すSI(国際単位系)の接頭語です。したがって、数学が得意な方はお分かりだと思いますが、1,000μm=1mmということになります。
人間の肉眼で見える限界はだいたい0.2mm=200μmと言われていますので、直径が10μm弱の赤血球は肉眼でみることはできません。光学顕微鏡を用いることになります。光学顕微鏡で見える限界は0.2μmと言われています。ここまで読んだだけでマイクロメートルな世界をすんなり理解できた方は相当なやり手だと思われますが、今回紹介する論文はそんなミクロな世界(マイクロと本来は同じで異音語なだけですがこの場合は極小な世界のことを指す、ややこしい)のお話です。私が更新している日本獣医輸血研究会のサイトもあわせてご覧下さい。
輸血用血液の中には凝集塊など生体内には入って欲しくないものが含まれている可能性があります。それらを除去するため、通常の輸血では「輸血セット」というろ過網がついている点滴の管を使用します。そのろ過網の目の粗さ(穴の大きさ)は、テルモさんのものだと175-210μmです。これは上述の赤血球のサイズ、すなわち10μm弱と比べればだいぶ大きいものであり、赤血球はストレスなく通過できますが、肉眼でも見えそうなサイズの凝集塊しか除去できません。
そこで世の中には微小凝集塊除去フィルターなるものが存在しておりまして、日本国内だと40μmの目の粗さのものが市販されています。ところで、この微小凝集塊とは白血球や血小板の断片からなるもので、医学の方では大量輸血時に肺毛細血管を閉塞して肺機能不全を起こすことがあるそうです。獣医学の方では輸血用血液の中の微小凝集塊がどの程度リスクをはらんでいるものなのか、私の知る限りでは議論されていることはあまりないように思います。
さておき、海外では主に新生児向けにさらに目の細かい直径18μmのフィルター(HEMO-NATE®、日本語だとヘモネイトフィルターと言われています)が販売されており、今回紹介している論文はそのヘモネイトフィルターについて研究しています。フィルターの目が何せ細かいですから、輸血をするときに猫の赤血球に機械的ストレスを与えて溶血してしまわないかどうかを調べています。料理の裏ごしみたいに赤血球がぐりぐり押しつぶされて、遊離ヘモグロビンだけ体内に注入されてたら大変ですからね。
結論としては、新鮮な猫の血液であれば特に問題はなさそうですが、35日間とかなり長期間保存した猫の血液では、ヘモネイトフィルターによる溶血リスクが上がるかもしれないので気を付けて下さいね、というものでした。様々な事情から猫の輸血用血液の保存に取り組める施設が日本国内では少ないと思われますので、その点は心配なさそうです。最近になって日本国内にも販売代理店ができて入手しやすくなりましたので、輸血オタクの私としては使用予定も特にないのにヘモネイトフィルターをひとつ買い求めて棚に飾ってみました。
余談ですが「血小板輸血用セット」には直径140-170μmくらいのろ過網がコネクタ部に存在していたり、いわゆる普通の「輸液セット」にもコネクタ部に確か30μmくらいのろ過網がついていたはずです。このわずか1mmにも満たない見えない世界に各メーカーや職人のこだわりを感じつつ、一方で18μmと40μmの使い分けの謎や175-210μmと140-170μmの幅を持たせた謎に迷宮入りしながら今回の英論文紹介は終わりにしたいと思います。