英論文紹介: 犬の血小板輸血189件

2022年10月の英論文紹介で犬の輸血用血小板製剤の冷蔵保存について取り上げましたが、今回は実際に血小板濃厚液を症例犬に投与しましたという報告が新しく出てきましたので、そちらを紹介したいと思います。日本獣医輸血研究会 Journal club「犬における血小板輸血189件の報告」の記事も私が更新しておりますのであわせてご参照下さい。

この報告の何が凄いと言うと、まずはその件数の多さに驚きました。149頭の症例犬に対して189件も血小板輸血を行ったとあります。獣医学において、血小板輸血の症例をそこまで集めるなんて凄いことです。犬の血小板輸血を研究していた私も実験レベルですら100件は行っていないように思いますし、症例に対する血小板輸血は恥ずかしながら10件行っていないかもしれません。それに対してこのカリフォルニア大学の先生たちは12年間で症例犬に対して189件実施しています。数のパワーに圧倒されます。

上述の犬の輸血用血小板製剤の冷蔵保存に関する記事でつらつらと書いていたように、犬の血小板輸血は適応症例がはっきりしないことが問題点の一つと感じています。前回の記事で言うところの③です。今回の論文はその疑問に答えてくれているところもありまして、僕が血小板輸血を行いたいと感じることの多い免疫介在性血小板減少症(IMT)の犬、なんと39頭にも投与しているんです。

血小板輸血の有効性確認として、主に血小板数を指標にしているのですが、IMT犬の輸血前の血小板数中央値7,000/µLが、輸血後9,000/µLにまで上昇しているんです!!…え、血小板増えたの2,000/µLだけ?と思われたあなた、鋭いです。残念ながら数値の上ではすずめの涙ほどのわずかな変化ではありますが、これは輸血の目的による影響が大きいと思っています。

血小板輸血の目的には「予防的投与」と「治療的投与」がありまして、予防的投与は出血傾向が懸念される症例に対して出血を回避する目的で事前に投与しておく方法、一方の治療的投与はすでにどこかで出血している活動性出血の症例に対して、止血を図る目的で投与する方法です。今回のIMT症例の多くは出血傾向を呈していたようなので、輸血した血小板は直ちにその止血に活用されていき、血小板数の増加としては2,000/µL程度しかなかったとみています。実際、疾患を問わず予防的投与を行った症例の場合、17,500/µLの増加があったようです。

では、血小板の免疫学的破壊も起こっているIMT症例に対する血小板輸血の有効性を血小板数の増加で判断するのは分が悪いので、生存率はどうだったかと言うと、そちらは66.7%だったようです。過去のIMTの治療成績の報告(生存率: 74-97%)と比べると少し劣る結果でした。筆者らは、血小板輸血が必要なほど重篤なIMTが多かったからだろうと考察で述べていました。

IMTの治療内容や症例経過の詳細を議論する論文ではないので何とも言いづらい結果ですが、IMTに対する血小板輸血の有効性、どうなんだろう、という少し寂しい印象を受けた論文でもありました。消化管出血を呈している症例の血便がピタリと止まって赤血球輸血が必要なくなるとか、そのような緊急性の高い症例に、異種蛋白であるヒト免疫グロブリン製剤を使わなくても生存率が上昇するとか、そう言う有効性を血小板輸血に期待している節があるだけに残念です。

血小板の相変わらずのつれない態度に郷愁を覚えつつ、今日の論文紹介は以上で終わりたいと思います。また来月も宜しくお願い致します!