顕微鏡写真: 犬の有棘赤血球とウニ状赤血球

有棘赤血球は英語でAcanthocyteと言いますが、不規則なとげを持った赤血球のことを指します。不規則なとげ、というのはとげととげの間隔がまちまちだったり、とげの長さが長短あったり、あとはとげの向きが四方八方を向いていたり、ということです。あとはとげの先端が鈍化していることも多いと言われています。この有棘赤血球は浸透圧に対して脆弱で普通の赤血球より柔軟性に乏しいことから、体内循環寿命が短いとされています。つまり、貧血として露呈するかどうかは別としても血管外溶血しやすい性質を持っています。

この有棘赤血球は犬や猫において比較的重要な赤血球の形態変化の一つとされていて、たとえば肝疾患や播種性血管内凝固症候群(DIC)、鉄欠乏性貧血のときに認められると言われています。特に何か重篤な基礎疾患を有していて、以前紹介した破砕赤血球Keratocyteとあわせて有棘赤血球が出現していたら、DICに陥ってしまっているのではないかと慎重にその他の検査や治療を進めていく必要があります。

似たようなとげを持った赤血球にはウニ状赤血球(Echinocyte)というものがあって、これはとげが規則正しく、等間隔に並んでいます。あとはとげの先端が少し鋭かったりもします。このウニ状赤血球は多くの場合に臨床的意義が無く、血液塗抹を作成するまでの時間が長かったり、抗凝固剤のEDTAが過剰(採血量が少ない)だったりと、アーティファクトとして捉えられることがほとんどです。そしていつも思うのですが初めて「ウニ」って赤血球に名前を付けた業界の偉い人は誰なんだろう。破砕赤血球とか他の赤血球のネーミングと毛色が違い過ぎるような。

さて、有棘赤血球とウニ状赤血球は似たような赤血球の形態変化にもかかわらず、かたや見落としたくない所見、かたやアーティファクトと中々に厳しい線引きが要求されます。そこで今日紹介する唯一の写真をお示ししましょう。

イヌ末梢血、対物レンズ100倍、Diff-Quik染色

どうでしょうか。もはや赤血球の形態変化が激しすぎて目がチカチカします。この症例は実は血管肉腫であり写真中央部をはじめとして破砕赤血球が多数出ていて細血管障害の病態にあることが示唆されますので、とげが出ている赤血球はなんならすべて有棘赤血球としたいところです。しかしながら、先ほどの定義の違いを踏まえると、とげが規則正しく等間隔に並んでいるものの方が多いからウニ状赤血球なのか…いやでも結構とげの先端が鈍だから実は有棘赤血球なのか…待てよ、とげが不規則に並んでいると思ったら先端が鋭いじゃないか…むしろこれはとげのように見えてKeratocyteが破裂したBite cellなのでは…ということで、先ほどと同じ写真ですが悩みに悩んで写真の端っこの方にある赤血球を有棘赤血球としてお示しすることになってしまいました。

イヌ末梢血-有棘赤血球、対物レンズ100倍、Diff-Quik染色

ちなみにこの写真は極端な細血管障害の例をお示ししたので、棘なのかウニなのか、全体的にウニっぽいけどウニと断言して良いのか、みればみるほど自信が無くなってしまいました。たいていの場合は、はいはい、ウニ状赤血球だからアーティファクトだねと片付けられることがほとんどなのでご安心ください。もっとアーティファクトと断言しやすい塗抹写真が手元にあれば良かったのですが、血液にリスペクトを持って取り扱っているので血液塗抹を作成するまでの時間が長いことも、抗凝固剤のEDTAが過剰だったりすることも、なにぶんあまり無いもので、、、

以上です。ところで、有棘赤血球について調べていたら、医学の方では有棘赤血球舞踏病なる稀な遺伝性神経変性疾患があり、特徴的な有棘赤血球症を呈するそうで。獣医学ではこれまでもこれからも同様な病態が発見されることは無いんじゃないかなぁと思いましたが、神経疾患の診断に血液塗抹が役立つとは思いもよらない角度からのアプローチで驚きました。奥が深いですね。棘かウニかで悩むような未熟者なので今後も勉強を頑張っていきたいと思います。