英論文紹介: 犬の急性輸血反応発生率とリスク因子
さて、今月も末日の気配が感じられますので慌てて記事を更新していきたいと思います。今日の英論文紹介は犬の輸血反応に関するものになります。私が更新している日本獣医輸血研究会のホームページもあわせてご覧下さい。
輸血療法は基本的に補充療法や支持療法、対症療法と呼ばれるものであり、病気の根本部分を治すものではありません。したがって、何気なく輸血を開始して何事もなく輸血を終え、病気の根本部分の治療のアシストを担うということが重要です。そうでないと病気の根治療法や原因療法の足を引っ張りかねません。しかしながら、輸血療法は最も頻繁に行われる臓器移植と言われるくらいリスクをはらんだものであり、副反応がつきものです。ここで言う副反応とは、薬剤で言うところの副作用のことです。輸血の業界では副作用(Side effect)ではなく副反応(Adverse reaction)と言われます。
最も有名な輸血に伴う副反応は血液型不適合による急性溶血性輸血反応です。これは相容れない血液型同士を輸血することによる拒絶反応です。幸いに主要な血液型に対する自然抗体を持たない犬においては、初回輸血時は急性溶血性輸血反応は起きないとされていますが、猫は人間と同様に初回から急性溶血性輸血反応を起こす危険性があります。その他の輸血に伴う副反応は様々なものがありますが、発熱やアレルギー反応がその中でも遭遇しやすい輸血反応と考えられていますし、私の体感上もそのように思います。
そこで、今回紹介している論文では、北米、イギリス、オーストラリアの二次診療施設が協力して副反応調査を行っており、その数なんと犬858頭、血液製剤1,542検体です。たったの8-9ヶ月くらいの間に驚きのスケールで調査が進みますね。私も輸血の研究やら二次診療施設やらで沢山の輸血に直接あるいは間接的に関わってきましたが、それらを全てひっくるめてもこの20年弱で1,000件に到達していないような気がします。欧米の数の力は凄いです。
結果、赤血球製剤だけに焦点を当てますと、急性輸血反応の発生頻度は8.9%であり、細かい分類としては発熱性非溶血性輸血反応が4%、急性溶血性輸血反応が2.3%、アレルギー反応が2.2%、その他は輸血関連循環過負荷と輸血関連呼吸困難があわせて0.4%程と言った結果でした。この数字はいかがでしょうか?個人的な印象としては、急性溶血性輸血反応の発生率が少し高いような、という気はしないでもないですが、でも確かに100件輸血を行ったら2件は起こる、と言われればうなづけるところもあるかもしれません。とてもハイリスク、と言う頻度ではないのかもしれませんが、臓器移植を行う限りやはり副反応を避けては通れないところですね。
ところで本文の方まで目を通していて不思議に思ったのが、赤血球製剤の保存期間の長さでした。筆者たちも長すぎる保存期間に少し難色は呈していましたが、赤血球製剤の廃棄率を下げて有効活用することの大事さを優先したそうで、製剤作製後44日間経過したものまで使用したケースもあったようです。日本の獣医療だと適切に処理をして冷蔵保存で28日間くらいかなぁという印象ですが、その先を行く44日間。(全然話は違いますが、カレーを作ったあと冷蔵庫で28日間保存することだって普通の鍋のままだと無理だと思いますが、赤血球製剤って凄い)
ちなみに赤血球は保存期間が長くなると赤血球膜に保存障害が生じて溶血します。その溶血の許容範囲を超え始めるのが、犬においてだいたい28-35日くらいなんですよね。だから44日間経過した赤血球製剤は輸血前から中々の溶血具合だったのではと心配になりますが、製剤廃棄への懸念や手元に血液が無いよりはマシだろうという苦渋の選択もあっただろうと思うので気持ちは分かります。保存期日を過ぎても冷徹に血液製剤を廃棄しきれず、その廃棄製剤で血液塗抹を作ってみたり保存障害を測定する研究材料にしてみたり、時には廃棄する血液バッグを陽の光に当てて真紅の彩度というか明度が日々暗くなっていく様子を眺めて心を痛めていた若かりし頃を思い出しました。青春ですね。
以上です。だいぶ最後に脱線してしまいましたが、情報量の多いとても良い論文でした。来月も英論文紹介をよろしくお願い致します。