英論文紹介: 腹腔内出血と輸血適応判断基準

ハウユニットは皆さまご存じでしょうか。鶏卵の鮮度を測る基準であり、卵の質量と卵白の盛り上がりの高さから求められます。これは1937年にRaymond Haugh氏が考案したものであり、産まれたての卵を割って平らな板の上に落とすと卵黄のまわりの卵白はハリがあって盛り上がっているのですが、古くなった卵の卵白はびろんと伸びてしまって盛り上がりが小さくなるという性質を利用しています。

このハウユニットは獣医師国家試験の出題範囲でしたので、獣医師なら誰しも一度は触れたことのあるものと思います。本日の英論文紹介はこのような基準の重要性について研究しています。私が更新している日本獣医輸血研究会の記事をあわせてご覧下さい。

物事にはある程度基準がないと悩ましい場面が多いです。腹腔内出血は読んで字のごとく、臓器損傷などによりお腹の中で出血が起きてしまっていることで、出血量や出血速度によっては迅速な対応が求められます。獣医業界では「血腹(けっぷく)」と呼ばれることが多く、当院のような猫の額ほどの小さな動物病院でも遭遇することがありえる病態です。代表的には犬の脾臓腫瘍破裂によるものが圧倒的に多いように思います。

ちょっと出血しているかなというレベルで遭遇することもありますが、腹腔内が血の海状態になっていることも多いので、当然輸血の必要性について考えながら診断や治療方針を決めていきます。ただし、その輸血の適応を判断する上で、獣医業界では基準があまり明確にされていません。判断材料となるような研究報告が乏しいのです。

たとえば、出血している訳ですから貧血の程度を基準として輸血適応を考えるのがストレートですが、急性出血時は脾臓収縮など身体の代償機構により貧血の程度がマスクされるため、血液検査上に数値の変化が現れてくるのは数時間後と言われています。いま血液検査をしたら貧血していなかったから輸血しなくて良い、という訳にはいきません。そこで今回紹介している論文の筆者たちは血中総蛋白濃度(TP)に注目しました。TPは急性出血時15分以内に速やかに減少し始め、45分で最大限の減少がみられるという過去の報告から、TPの減少が腹腔内出血時の輸血適応判断に有意義ではないかという研究です。

結果、腹腔内出血を呈している症例でTPが低い症例は輸血されているケースが多いというデータが得られています。つまり、TPが低い血腹症例は前向きに輸血が検討されているということですね。もちろん貧血の程度や血圧、意識状態などを総合的に考慮して輸血適応を判断するべきですが、そこにTPの低下という視点が加わることはとても重要ではないかと個人的に感じました。

この論文を解釈する上で注意しなければならない点として、回顧的研究であることから、TPが実際に輸血適応判断材料に用いられて輸血が実施されたかどうかは不明であり、また、症例の転帰にどのような影響を及ぼしたのかは分かりません。加えて、TPが1g/dL低下すると輸血リスクが高まると書かれていたのですが、何と比較して1g/dL低下したのかが本文を読んでみてもいまいち理解できませんでした。基準範囲の下限から1g/dLの低下なのか、1時間後など少し間をあけて再検査して1g/dLの低下なのか。おそらく後者の方なのかなぁという印象を行間から受けましたが。

したがって、あくまで、TPが低い症例は輸血される傾向にあるという事実が得られた形ですが、経験則だけに頼らない基準を新たに提供してくれた素晴らしい報告だと思います。

以上です。食卓に並んだ卵がどれだけ鮮度が維持されているのか、買ったその日のうちだから新鮮だとは限りません。流通で時間が経っているかもしれませんからね。フライパンの上に割りいれた卵が盛り上がっている。うむ、これはナイスハウユニット。そんなことを考えながらいつも生卵と向き合っています。基準の必要性を分かりやすくするためにハウユニットを取り上げたものの、腹腔内出血と輸血適応判断という重いテーマとの温度感のずれを大変後悔しております。もうここまで来たら原稿を書き直す体力がありませんので悪しからず。また来月もよろしくお願い致します。