英論文紹介: 犬におけるMassive transfusion
気付けば三月も本日で終わりと言うことで、まずは英論文紹介からです。私が更新している日本獣医輸血研究会のホームページもあわせてご覧下さい。
英単語のMassiveとは巨大な、とか大量の、みたいに通常のものに比べて極めて多い何かを表す形容詞です。その形容詞がTransfusion(輸血)に付いている訳ですから、通常の輸血量に比べてとんでもない量の輸血をすることを指します。日本語で言うと大量輸血ということになりますがどことなく味気なく感じるので、Massive transfusionの方が私にとってはピンとくる気がします。
Massive transfusionがどれ程にMassiveかと言うと、24時間以内に循環血液量の100%以上の輸血を行います。犬で言えば体重1kgあたりの循環血液量は90mL弱と言われていますので、体重が5kgの犬なら450mL、10kgの犬なら900mL、今回紹介している論文の犬は25kgほどだったようなので2,250mL輸血したらMassive transfusionとなります。これはどんな時に行われるかと言うと、危機的出血に対して行われます。ちなみに重篤な出血についてもexsanguination、catastrophic bleed、terminal haemorrhage、massive haemorrhageなど様々な英単語がありますが、個人的にはcatastrophicがついていると一番危険そうな雰囲気を感じます。
今回紹介した論文の筆者たちは、気管支鏡検査をした際に大量出血を生じ、出血の確認から35時間で187mL/kg(約4,600mL)もの輸血を行っています。MassiveにもほどがあるんじゃないかというくらいMassiveです。循環血液量の2倍くらい輸血をしていますからね。4,600mLもの血液を用意できたのはアメリカには動物用血液バンクがあるからと思われますが、400mLの血液バッグを用いて採血したものを全血のまま輸血したとしても、体重20kg超えのドナーが12頭必要です。動物用血液バンクがない日本で同じことをやろうとしたら相当綿密な献血計画を組まなければなりません。危機的出血が再来週生じると分かっていたら計画を立てられるかもしれませんが、Catastrophe、破滅的状況がいつ起きるかなんて誰にも分かりませんので非常に厳しいですね。
日本だとどうやったらこの同じレベルの出血に対応できるのだろうか、、、新鮮凍結血漿が100-120mLで保管されているとして20バッグ、濃厚赤血球液が160mLくらいで保管されているとして15バッグは必要です。特に濃厚赤血球液の方は3週間ほどで廃棄を検討しなければならないので、3週間の間に15頭ルーチンで赤血球輸血を回しているような動物病院でないと中々に困難ですね。年間の赤血球輸血回数が260回越えです。んー、私の知る限りでは日本において1施設でこの勢いで輸血を行っている動物病院はほぼ無いような。海外の動物用血液バンクが羨ましくなります。
ちなみに、この論文の症例がなぜそのような大量出血を呈することになってしまったかと言うと、以前のフィラリア感染が原因だったそうです。慢性的な発咳がみられるようになったので気管支鏡検査をしたところ、気管粘膜が障害されていて、気管支動脈が発達しているところを生検で傷つけてしまったのです。検査手技としては大きな施設では一般的に行われるものですが、基礎疾患として以前感染していたフィラリア症があったためにこのような稀な事態を招くこととなってしまったようで。
今回のケースはマイナーな合併症とは言え、フィラリア感染はやはり怖いものですね。取ってつけたようなまとめの言葉となりますが、皆さま、春の予防シーズンが始まっています。かかりつけの動物病院へフィラリア感染症対策の相談でぜひ足を運びましょう。