英論文紹介: 輸血適応疾患の検討-犬と猫の殺鼠剤中毒

夏や春が行ったり来たり梅雨めいた日が続いているせいか、胃腸症状や皮膚の痒み、あとは流行り風邪なのか上気道炎症状でのご来院がとても多い今日この頃です。動物も人も身体をいたわりながらどうぞ健やかにお過ごしくださいませ。では今月も英論文紹介をしていきたいと思います。私が更新している日本獣医輸血研究会のホームページもあわせてご覧ください。今月は殺鼠剤中毒と輸血療法、ビタミンK1投与に関する研究です。

人間の生活エリアにネズミが侵入して増殖するようになると大変なことになります。私も以前山小屋に泊まったときに経験したことがあるのですが、人間が寝静まってからが夜行性の彼らの時間帯なので、夜中に天井裏のスペースを走り回って大運動会が始まると騒がしくて熟睡できません。しかもそのあとリュックサックの食べ物を物色しに降りてくるので、穴をあけられたりしないように、など対策が大変でした。でもまぁそれらの話は平和な方ですが、たとえばサルモネラやレプトスピラなどネズミが媒介する感染症など衛生的な被害や、電線ケーブルの断線など都市機能の被害は深刻な問題につながります。

そこで、人間の居住空間を懸けてネズミとの戦いが残念ながら始まってしまう訳ですが、そこで使われるのが殺鼠剤です。殺鼠剤、なんて名前の通り物騒なシロモノですが、急性毒剤と抗凝血剤に大別されます。獣医療において殺鼠剤というとワルファリンなどクマリン系の抗凝血剤が有名であり、クマリン系の殺鼠剤はビタミンKの代謝拮抗剤です。活性化にビタミンKが必要な凝固第II、VII、IX、X因子を阻害することで、凝固不全からじわじわと失血死を図る訳です。書いていて怖い。本当にネズミの皆さま申し訳ない。

そのような殺鼠剤は虫にしか効かないような殺虫スプレーと異なり、同じ哺乳類である我々人間はもちろん、犬や猫にも効いてしまいます。だから殺鼠剤をたとえばおやつと勘違いして誤食してしまうと、いわゆる殺鼠剤中毒になって凝固不全を呈する訳です。治療法に関しては、クマリン系の殺鼠剤では凝固因子の活性化が阻害されるのであって、凝固因子が枯渇する訳ではないので、ビタミンKの投与で凝固不全の改善が期待されます。しかしながら、活性化凝固因子の補充効果や貧血の是正を期待して輸血療法という選択肢も有望ですし、以前の犬における報告でビタミンKの投与によりアナフィラキシー様の過敏性反応があったそうなので、ビタミンKの投与も慎重にならないといけません。

そこで筆者たちは、殺鼠剤中毒の犬と猫を集めてビタミンK1の投与の安全性と、輸血療法の併用により治療効果がどう変化するのかを調べています。結果、ビタミンK1の投与により明らかな過敏性反応はみられなかったことと、ビタミンK1投与と輸血療法の併用により予後の改善は見られなかったことを報告しています。つまり、殺鼠剤中毒にはビタミンK1単剤で安全性、治療効果共に充分でしょう、ということですね。私は幸い殺鼠剤中毒の症例を直接みたことはないのですが、血液疾患関係の問い合わせで時折ご質問いただきますし、明日はわが身ということでとても勉強になる文献でした。

ところで、今回ビタミンK1について調べていたら、2022年3月31日をもって本邦では人体用のビタミンK1の注射剤は製造販売がすべて終了となっているようです。現在、動物用薬の日本全薬工業さんだけがビタミンK1を販売されているようにお見受けしましたが、今後どうなるんでしょうか。ちなみに、医療ではビタミンK1の代わりにビタミンK2の注射剤が使われているようで、ビタミンK2は投与後に速やかにビタミンK1に変化して有効性はあまり変わらないとか。

ちなみに、日本全薬工業さんのビタミンK1は可溶化剤に何が使われているのか調べても分からなかったのですが、人体用のビタミンK2(ケイツーN静注)は可溶化剤にレシチンを採用しているようで、今回紹介している文献とおそらく同じ可溶化剤を使用している様子でした。私自身、過去にビタミンK1を注射していてアナフィラキシーを起こしたことはありませんが、今回の文献を通じてビタミンKと可溶化剤について知識が深まって良かったです。

天王町駅前でもクマネズミを見かけますし、近くに殺鼠剤が設置されているのかネズミのご遺体をみかけたこともあります。殺鼠剤中毒なんて中々縁が遠い疾患であってほしいところです。まずは皆さま、殺鼠剤の誤食には気を付けていきましょう。もし食べてしまった場合、適切な経過観察や対処ができるよう、できるだけ正確に商品名を把握してかかりつけ動物病院へご相談ください。